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宇都宮地方裁判所 昭和33年(行)2号 判決 1961年10月13日

原告 清水清

被告 足利税務署長

訴訟代理人 関根達夫 外三名

主文

被告が昭和三〇年三月三一日付で原告に対してなした昭和二九年分贈与税の取得財産価額の決定(昭和三〇年三月三一日付でなされた取得財産価額を金一、五一七、〇五〇円とする旨の決定は、被告の同三一年六月一一日再調査決定により一部取消の結果金一、〇〇〇、五〇〇円に、更に同再調査決定は関東信越国税局長の同三三年六月一一日審査決定により一部取消の結果金五八四、九七〇円に減額された)のうち金五〇四、九七〇円を超える部分はこれを取消す。

原告はその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を原告の、その一を被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は「被告が昭和三〇年三月三一日付で原告に対してなした昭和二九年分贈与税の取得財産価格の決定(昭和三〇年三月三一日付でなされた取得財産価額を金一、五一七、〇五〇円とする旨の決定は、被告の同三一年六月一一日再調査決定により一部取消の結果金一、〇〇〇、五〇〇円に、更に同再調査決定は関東信越国税局長の同三三年六月一一日審査決定により一部取消の結果金五八四、九七〇円と減額されたはこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

一、原告は、父訴外清水貞助、母同キンとの間に、昭和九年五月一三日に出生し、同一〇年五月一三日に訴外三柴憲司から別紙第一目録記載(一)ないし(四)の建物を買受け、その所有権を取得したが、貞助は同二九年二月原告の費用金五七一、九七〇円をもつて別紙第一目録記載(一)、(二)の建物の増改築に着工し、(一)の建物のうち附属建物と(二)の建物を取壊し、同年五月に各建物を右(一)の建物の残存部分木造瓦葺二階建店舗一棟建坪一〇坪外二階坪七坪五合と一体となるようにそれぞれ木造セメント瓦葺二階建店舗一棟建坪一一坪外二階坪九坪五合の建物とし合計四一坪の増改築(以下本件増改築と略称する)を完成した(原告は増改築後右(一)、(二)の建物を別紙第二目録記載のごとく登記した)。

二、しかるに、被告は右増改築等をもつて、原告か父貞助からその増改築費等金一、五一七、〇五〇円相当の贈与を受けたものとして昭和三〇年三月三一日付で原告に対して昭和二九年分贈与税の取得財産価額を金一、五一七、〇五〇円とする旨の決定をしたので、原告は同三〇年四月二〇日被告に対し再調査請求をしたところ、同三一年六月一一日原決定を一部取消し取得財産価額を金一、〇〇〇、五〇〇円とする再調査決定がなされたので、更に原告は訴外関東信越国税局長に対して審査請求をなしたところ、同局長は再調査決定を一部取消し右増改築による取得財産価額を金五八四、九七〇円とする旨の審査決定をなし、同三三年六月一一日原告はその通知を受けた。

三、しかし、本件増改築は原告の費用をもつてなしたものであつて、昭和二九年度において原告が贈与を受けて取得した財産はないのであるから、被告の前記昭和二九年分贈与税の取得財産価願の決定は違法な処分で全部取消されるべきものである。よつてこれが取消を求めるため本訴に及んだ次第である。

第二、被告の答弁および主張

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

原告主張の請求原因事実中、第一項は本件増改築が原告の費用をもつてなされたことおよび右増改築の総工費が原告主張の金五七一、九七〇円にとどまることは否認し、その余は認め、第二項は認め、第三項は否認する。

被告が、原告に対する昭和二九年分贈与税の取得財産価額を金一、五一七、〇五〇円と決定し、その後被告の再調査決定および訴外関東信越国税局長の審査決定により各一部取消の結果金五八四、九七〇円と決定した処分の適法であるゆえんを次のように主張した。

一、原告の父訴外清水貞助は、昭和一二年以来福島県大沼郡横田村、柳津村および金山村において農業ならびに桐の栽培をしていたが、昭和二七年九月同人所有の大沼郡金山町大字越川所在の田一反五歩、畑一町一反七畝二二歩、山林九反四畝一六歩、宅地三三坪を東北電力株式会社に買収され、その頃から同二九年八月頃までの間に、右土地代金、離作料、早期開発協力感謝料、家屋移転料等として約金四、〇〇〇、〇〇〇円(うち金二、〇〇〇、〇〇〇円は昭和二九年八月に受領)、また右土地上の桐の売却によつて約金一、〇〇〇、〇〇〇円合計約金五、〇〇〇、〇〇〇円を取得した。

二、貞助は右取得金をもつて、昭和二八年一月以降同三二年に至るまでの間、原告所有の別紙第一目録記載(一)、(二)の建物につき本件増改築を施行した外、原告、貞助、キン等の名義で土地を購入または家屋を新築もしくは増築をなし、その結果原告は本件増改築の外、畑六畝二七歩を取得したので、被告は原告に対し贈与税の申告を促したがこれに応じないため、被告は原告主張のごとく昭和三〇年三月三一日付で昭和二九年分賦与税の取得財産価額を金一、五一七、〇五〇円と決定したが、その後原告主張のごとき再調査請求および審査請求により各調査の結果、本件増改築を除くその余の原告取得財産は、昭和二九年度において原告が取得したものでないことが判明したのでその分を取消し、結局訴外関東信越国税局長は本件増改築についてその取得財産価額を金五八四、九七〇円とする旨の審査決定をなし昭和三三年六月一一日に原告に通知したものである。

しかして右審査決定において、原告が貞助から受けた贈与の額を次のとおり判断した。

(一)  原告申立の増改築費用 五七一、九七〇円

(二)  右に対する追加額

(イ) パルペツト工事費    六、〇〇〇円

(ロ) 貞助の労務提供見積額  七、〇〇〇円

合計 五八四、九七〇円

のとおりで、(イ)のパルペツト工事費を追加したのは、原告申立の増改築費用金五七一、九七〇円というのは別紙第一目録記載(二)の建物の全部および同(一)の建物の階下半分を取壊し、(一)の建物の残存部分と一体となるように建て直した費用のみをいうのであつて、右増改築部分の仕上げに合せて右(一)の建物の残存部分の前面二間にパルペツト工事を施した費用が含まれていないので、右パルペツト工事費として左記内訳の計六、〇〇〇円を追加したものである。

大工   二、二〇〇円

左官     八〇〇円

釘、金具   二〇〇円

セメント 一、七五〇円

砂利、砂 一、〇五〇円

計   六、〇〇〇円

次に(ロ)の貞助の労務提供見積額を追加したのは、貞助は昭和二九年三月の本件増改築の着工より同年五月の竣工までの約二カ月間終始頭役、屋根葺、瓦葺等を手伝い、それらの人夫の雇賃を節減しその分だけ建築費の支出を少くしたものであるから、貞助の右労務提供を次のとおり見積つてこれが相当額として金七、〇〇〇円を追加計上したのである。すなわち貞助が稼働した延日数を内輪に見て三〇日とし、これをその頃の栃木県内における建物建築関係軽作業に従事した人夫の平均賃金一日当り三〇一円に乗じた九、〇三〇円の範囲内で金七、〇〇〇円と認定したものである。

三、しかして被告は、右関東信越国税局長が本件増改築により原告所有建物の価額の増加部分を原告の取得財産としてその価額を金五八四、九七〇円と審査決定をした同額において、昭和二九年分贈与税の取得財産価額の決定をなしたものであつて、被告が昭和三〇年三月三一日付で原告に対してなした同決定は右金五八四、九七〇円の範囲においては何ら違法は存しない。よつてこれが取消を求める原告の本訴請求は失当である。

第三、被告の主張に対する原告の認否および主張

被告の主張事実中、第一項は貞助が桐の売却によつて約金一、〇〇〇、〇〇〇円を取得したことは否認しその余は認める、第二項は本件増改築が貞助の資金によるとの主張および右増改築費用中原告申立以外の追加額すなわちパルペツト工事費、貞助の労務提供見積額はいずれも否認し、貞助が被告主張のごとく土地を購入、建物を新築または増築しその名義を被告主張のごとくしたことは不知、その余は認める、第三項は否認する。

一、貞助は土地買収により約金四、〇〇〇、〇〇〇円、その他同人が会津に居住する約二〇年間に桐の仕立、仲買、呉服の行商、緬羊の飼育等により約金一、〇〇〇、〇〇〇円の利益を得たが右金員は貞助一家が会津から足利への移転費、昭和二八年一〇月から同三一年一〇月まで三年間の一家六人の生活費、墓標改造費等に金一、九八四、七〇〇円を支出し、その余の金員は貞助名義の建物の新築および増築に全部費消し、本件増改築費には一銭も支出されていない。

二、本件増改築費に充当されたのは以下に述べる金員であつて、それは原告の費用である。すなわち原告が別紙第一目録記載の(一)ないし(四)の建物を取得した昭和一〇年五月一三日当時原告は満一歳であつたので、父貞助は同日から原告が満二〇歳に達する同二九年五月一三日までの間、原告の親権者として右建物を管理しまたは処分して来たものであるが、親権者たる貞助は右建物より生ずる収益の外、原告に桐代金中から贈与した金員および原告の勤労報酬金等をいずれも原告から消費寄託を受けていたもので、右寄託金は貞助の所有にはなるが、同額の金員を原告に返還すべきものである。

貞助が原告から消費寄託を受けた金員の内訳は次のとおりである。

(一)  家屋譲渡代金 一〇、〇〇〇円

別紙第一目録記載(三)の建物を昭和二一年頃訴外関田友次郎に贈与名義で譲渡した代金

(二)  家賃(貞助が受領し原告から消費寄託を受けていたもの)

(イ) 別紙第一目録記載(一)の建物につき

借家人住岡角次郎(同人死亡後は同トク)から取立てた昭和一〇年一月分から同二九年五月分までの家賃

二四三、五五一円

(ロ) 別紙第一目録記載(二)の建物につき

1 借家人家住助太から取立てた昭和一〇年六月分から同一七年八月分までの家賃

八三五円

2 借家人松本銀次郎から取立てた昭和一七年七月分から同二九年二月分までの家賃

六六、四五四円

3 借家人野口豊司から取立てた昭和一三年七月分から同一八年五月分までの家賃

四四〇円

4 借家人小此木正一から取立てた昭和一八年六月分から同二九年二月分までの家賃

五五、一八〇円

(ハ) 別紙第一目録記載(四)の建物につき

借家人神林ヨシから取立てた昭和二〇年八月分から同二九年四月分までの家賃

四一、〇〇〇円

計 四〇七、四六〇円

(三)  敷金(貞助が受領し原告から消費寄託を受けていたもの)

(イ) 借家人住岡トクから昭和二九年二月二五月に受領した敷金

三〇、〇〇〇円

(ロ) 借家人松本銀次郎から昭和二九年三月に受領した敷金

五、〇〇〇円

(ハ) 借家人小此木正一から昭和二九年三月に受領した敷金

五、〇〇〇円

(ニ) 借家人神林ヨシから昭和二六年に受額した敷金

一〇、〇〇〇円

(ホ) 借家人荒井和夫から昭和二九年三月二六日に受領した敷金

二〇、〇〇〇円

(ヘ) 借家人北詰松飯から昭和二九年五月一日に受領した敷金

一〇、〇〇〇円

計 八〇、〇〇〇円

(四)  貞助が桐代金から原告に贈与した金員を原告から消費寄託を受けていたもの 三〇、〇〇〇円

貞助は、昭和一二年頃、福島県河沼郡川口村字小野川村有山林二町歩を借受け開墾し、貞助がその頃原告から消費寄託を受けて預つていた右(一)(二)の金員中から桐苗購入資金として金五〇、〇〇〇円を支出して桐苗木一、〇〇〇本を購入同所に植樹してが、同二一年頃右植樹中の桐のうち約五〇〇本を山林の賃借権と共に訴外亡吉田に金三五〇、〇〇〇円で売却した際、右代金中より原告からの寄託金で貞助が利益を得た報酬として金三〇、〇〇〇円を原告に贈与したものであるが、右金員を貞助が原告から消費寄託を受けていたものである。

(五)  原告が三ツ玉遊戯場で勤労して得た報酬金 一四五、〇〇〇円

原告が昭和二六年頃会津喜多方高校に在学中、貞助と台湾人李来明が共同で経営していた三ツ玉遊戯場に一晩五〇〇円の給料で約一〇カ月間雇われ、その間得た報酬金一四五、〇〇〇円を原告が貞助に消費寄託したものである。

総計 六七二、四六〇円

三、右(四)(五)のごとく特に貞助が原告から消費寄託を受けたものはもちろん、それ以外の(一)ないし(三)の各金員についても、親権者として貞助が受領したときに原告と親権者貞助との間に消費寄託関係が生じたものであり、結局総計金六七二、四六〇円について貞助は原告から消費寄託を受けていたものである。すなわち右寄託金は貞助の所有に帰するが、貞助は右寄託金と同額の金員を原告が成年に達するまでにまたは成年に達した際に原告に返還すべき義務があるところ、貞助は原告の将来を顧慮し、原告に返還すべき右寄託金六七二、四六〇円より金五七一、九七〇円を本件増改築費に支出し、もつて同額の金員を原告に返還したものであるから、本件増改築は原告の費用をもつてなされたものであつて、原告が増改築費相当金を貞助から贈与を受けたものではない。

なお民法第八二八条条但書に「その子の養育及び財産の管理の費用は、その子の財産の収益とこれを相殺したものとみなす」旨規定されているが、右規定は貞助が消費寄託を受けた全額に適用があるものではなく、右寄託金より親権者貞助が建築資金として原告に返還した金五七一、九七〇円を差引いた残額金一〇一、四九〇円のみが原告の財産の収益として原告の養育および財産の管理費用と相殺されるものであつて、右残額については原告に返還請求権がないことを規定しているものと解すべきである。

第四、原告の主張に対する被告の答弁

原告主張事実中、第一項は貞助が会津引揚の際保有していた財産が買収代金等約金四、〇〇〇、〇〇〇円は別として金一、〇〇〇、〇〇〇〇円にとどまるとのことおよび貞助が本件増改築費に一銭も支出しないとのことは否認、貞助が原告主張の金員を費消したことは不知、その余は認める、第二項は貞助が原告主張の建物を主張の期間、原告の親権者として管理し、賃料(ただしその額については争うを取立てていたことは認め、賃料以外の金員は不知、消費寄託があつたとのことは否認する、第三項は否認する。

貞助と原告との間で、原告主張のごとく、本件増改築費につき消費寄託金と対当額による決済が行われたものとしても、貞助が親権者として(原告所有建物を管理し取立てた賃料原告主張の金四〇七、四六〇円)は、民法第八二八条但書の解釈上全額において当然貞助の財産となり(昭和一〇年二月二三日言渡大審院判例参照)同人は右金額について原告に対し何らの返還義務を負わないものであるから、貞助が原告から消費寄託を受けたと主張する金員中右賃料額については、本件増改築費にその相当額を返還して決済することはできず、原告主張のごとくその返還がなされたとすれば、それは法律上は貞助から原告に対して右賃料相当額の贈与がなされたものにほかならない。

仮りに、民法第八二八条の解釈について、前掲大審院判例の見解と異り子が成年に達したときは、養育費、管理費用、収益を計算して後者が前二者の合計額より多い場合、親権者はその差額を子に返還すべきものとする説をとると、本件の場合原告の養育費、管理費用(いずれもその期間は昭和九年五月二六日から同二九年五月二五日までを計算)の推計額は、前者については金二五六、〇九一円(総理府統計局家計調査年報における一人当り生計費による)、後者については金一三一、五三三円(同上における不動産管理費による)合計三八七、六二四円となるから、原告主張の賃料額四〇七、四六〇円から右金員を差引いた残額金一九、八三六円のみを貞助は原告に返還すべき義務を負うに過ぎない。

第五、立証<省略>

理由

一、(一) 原告は、父訴外清水貞助、母同キンとの間に、昭和九年五月一三日に出生し、同一〇年五月一三日に別紙第一目録記載(一)ないし(四)の建物を買受けその所有権を取得したが、貞助は同二九年二月原告所有の別紙第一目録記載(一)(二)の建物の増改築に着工し、(一)の建物のうち附属建物と(二)の建物とを取壊し、同年五月に各建物を右(一)の建物の残存部分木造瓦葺二階建店舖一棟建坪一〇坪外二階坪七坪五合と一体となるようにそれぞれ木造セメント瓦葺二階建店舖一棟建坪一一坪外二階坪九坪五合の建物とし合計四一坪の増改築を完成したこと。

(二) 被告は右増改築等をもつて、原告が父貞助からその増改築費等金一、五一七、〇五〇円相当の贈与を受けたものとして、昭和三〇年三月三一日付で原告に対して昭和二九年分贈与税の取得財産価額を金一、五一七、〇五〇円とする旨の決定をしたところ、原告は同三〇年四月二〇日被告に対し再調査請求をなし、同三一年六月一一日被告は原決定を一部取消しその取得財産価額を金一、〇〇〇、五〇〇円とする旨の再調査決定をなしたが、これに対し原告は更に訴外関東信越国税局長に審査請求をなしたところ、同局長は右再調査決定を一部取消し、本件増改築による取得財産価額を金五八四、九七〇円とする旨の審査決定をなし、右通知は同三三年六月一一日原告に到達したこと。

(三) 貞助が右増改築費として金五七一、九七〇円を支出したこと(右支出が貞助の原告に対する返還義務の履行としてなされたかどうかの点および右金額の外金六、〇〇〇円の建築費の支出ならびに金七、〇〇〇円相当の貞助から原告への労務の提供があつたかどうかの点には争いがある。)

はいずれも当事者間に争いがない。

二、ここで考えて見るに、親権者が子の所有建物に対して修繕を施すことは親権者の財産管理行為として、民法第八二八条但書にいわゆる「財産の管理」の範囲内に属する行為であるというべきであるが、前掲の本件増改築はその程度が遥かに修繕の程度を越脱しているから、これをもつて親権者の財産管理行為とはいい得ず、右増改築が親権者の費用をもつて行われた時は右増改築により増加した建物価額は親権者の贈与により子の取得した財産価額というべく、しかして建物の増改築による建物価額の増加は、反証のない限り、支出した増改築費用(労務の提供を含む。右提供は費用の支出に代るものである。)と同一額であると認めるのを相当とする。

よつて進んで、原告の親権者貞助が単純にその費用をもつて本件増改築をしたのか、はたまた貞助が原告に対する返還義務の履行として本件増改築費を支出したのか、および右費用の争いある数額について、以下に検討を加えることとする。

(イ)  先ず、原告はその所有の別紙第一目録記載(一)、(二)、(四)の各建物につき、貞助が原告の親権者として取立てた賃料合計金四〇七、四六〇円は、原告が貞助に消費寄託したものであるから、同人は右賃料相当額の金員を原告に返還すべき義務がある旨主張する。しかして原告所有の右建物につき、原告主張の期間、貞助が原告の親権者として右建物の賃借人から賃料(ただしその額については争いがある。)を取立てていたことは当事者間に争いがないが、民法第八二八条但書の「子の養育及び財産の管理の費用は、その子の財産の収益とこれを相殺したものとみなす」との規定の趣旨は、子が成年に達したときにはその養育費、財産管理費用と財産の収益とは、その多寡を問わず常に差引き零とする趣旨であると解するのが相当であつて、従つて子の財産の収益は当然に親権者に帰属し、親権者は子が成年に達した際も右収益を子に返還する義務がないものと解すべきであつて、原告主張のごとく親権者は右収益を当然に子から消費寄託を受けたものとし、子が成年に達するまでにまたは成年に達した際に、右収益を子に返還する義務を負うがごとく解することは独自の見解であつて採用できない。

以上述べたとおりであるから建物の収益たる賃料については、その額について判断するまでもなく、原告の養育費、不動産管理費用と当然に相殺されたものとみなされ、原告は右賃料について貞助から返還を受けることはできない。

(ロ)  原告は、貞助が昭和二二年頃桐売却代金中から、原告に金三〇、〇〇〇円を贈与し、原告はそれを貞助に消費寄託した旨主張するが、証人清水貞助、同清水政子の各証言中右原告の主張に符合する部分はたやすく措信できず、その他の本件証拠によつても右原告の主張事実はこれを認めるに足りない。

(ハ)  次に原告は、昭和二六年頃原告が三ツ玉遊戯場で勤労して得た報酬金一四五、〇〇〇円を貞助に消費寄託した旨主張するが、証人李来明、同清水政子の各証言を綜合するに、原告が昭和二六年頃喜多方高校在学中李来明の経営する三ツ玉遊戯場に一日五〇〇円の給料で雇われ約一年間勤務したことは認められるが、右報酬金をその頃貞助に寄託したとの点については、これに符合する証人清水貞助の証言はにわかに措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(ニ)  次に原告は、別紙第一目録記載(三)の建物を売却した代金一〇、〇〇〇円を貞助に消費寄託した旨主張するので審理するに成立に争いのない甲第四号証の三、四、証人関田タケの証言および同証言により成立を認められる甲第五号証によると、原告所有の別紙第一目録記載(三)の建物は、昭和二一年一〇月五日に貞助が原告の親権者として訴外関田友次郎に贈与名義で代金一〇、〇〇〇円で売却したものであることが認められる。しかして右売買代金一〇、〇〇〇円は元来原告所有建物の変形物であつて建物の収益といい得ないから、貞助において原告の所有たる右金員を親権者として管理する義務があり、原告が成年に達した際には右金員を原告に返還する義務があるものといわねばならない(右貞助の返還義務は同人が特に原告から右金員について消費寄託を受けたか否かに拘らないが、原告は上記関係を消費寄託と云う法律語により説明主張しているものと認められる。なお次の(ホ)についても同様である。)。

(ホ)  次に原告は、貞助において借家人から受領した敷金合計金八〇、〇〇〇円は原告が貞助に消費寄託した旨主張するので考えるに、敷金は建物の収益ではなく、停止条件附返還債務を伴う金銭所有権の移転と解すべきであつて、原告が未成年者の間に貞助において受領した敷金は原告の所有に帰し、原告が成年に達した以後の賃貸借終了の際に、賃貸人たる原告において、賃料延滞その他賃借人に債務不履行なきことを停止条件に賃借人に返還すべき性質のものであるから、敷金を受領した貞助は、同人が親権者である間に、該敷金を差入れた賃借人の賃貸借が終了し貞助において該敷金を返還した事実がない以上、原告が成年に達した際に右敷金相当額を原告に返還すべきものであるところ、証人住岡トクの証言および同証言によりその成立を認められる甲第七号証の一、証人松本銀次郎の証言および同証言によりその成立を認められる甲第七号証の三、証人小此木正一の証言および同証言によりその成立を認められる甲第七号証の五、証人荒井和夫の証言および同証言によりその成立を認められる甲第八号証の一、証人北詰松飯の証言および同証言によりその成立を認められる甲第八号証の二によると、貞助は原告の親権者として訴外住岡トクから昭和二九年二月二五日に金三〇、〇〇〇円、訴外松本銀次郎から同年三月頃金五、〇〇〇円、訴外小此木正一から同年二月一五日頃金五、〇〇〇円、訴外荒井和夫から同年四月頃金二〇、〇〇〇円、訴外北詰松飯から同年五月一日に金一〇、〇〇〇円合計金七〇、〇〇〇円をそれぞれ敷金として受領していることが認められ、また前記各証人の証言によると、該敷金は、原告が成年に達する昭和二九年五月一三日までの間に、貞助において各賃借人に返還した事実(前記証言中には、敷金を毎月賃料の一部に充当してもらつた旨の供述も窺われるが、昭和二九年五月一三日までに確実に充当されたと認めるに足る供述はない。)は認められず、結局貞助は原告のために受領した右敷金相当額金七〇、〇〇〇円を、原告が成年に達した際、原告に返還すべき義務がある。なお原告は昭和二六年頃訴外神林ヨシから敷金一〇、〇〇〇円を受領したと主張し証人神林キミの証言によれば原告の親権者貞助が昭和二六年頃神林ヨシの子神林キミから、原告が同証人に賃貸中の借家に関し金一〇、〇〇〇円を受領したことが認められるが、同証言によれば右金員については賃貸借終了の際にも返還しない旨の特約があつたことが認められるから右金員は返還債務を伴つた敷金ではないから民法第八二八条但書の規定により返還することを要しない家屋の収益といわなくてはならない。

以上説明したことを要約すると、原告が貞助に消費寄託したと主張する金員中、賃料については民法第八二八条の解釈上全額について貞助に返還義務は認められず、桐購入代金中からの贈与および三ツ玉遊戯場勤労報酬金についても貞助に消費寄託契約上の返還義務は認められないが、家屋売却代金一〇、〇〇〇円については親権者の管理財産の返還として、また敷金七〇、〇〇〇円については敷金が建物の収益ではなく原告の所有に帰することから右合計金八〇、〇〇〇円について、貞助は原告が成人に達した際に原告に返還すべき義務を負うものである。

三、そこで次に、本件増改築費の数額について審案するに、右増改築費は金五七一、九七〇円の限度においては前記のごとく当事者間に争いがないところ、被告は右金員に金一三、〇〇〇円を追加計上して、本件増改築の総工費は五八四、九七〇円なる旨主張する。

(一)  パルペツト工事費金六、〇〇〇円の追加計上について

被告は原告申立の増改築費用金五七一、九七〇円に対してパルベツト工事費として金六、〇〇〇円を追加計上しているのであるが、証人清水貞助、同大島良平の各証言に成立に争いのない甲第四号証の一、二、同第六号証の二、乙第三号証および弁論の全趣旨を合わせ考えると、原告申立の増改築費金五七一、九七〇円というのは別紙第一目録記載(二)の建物の全部および同目録記載(一)の建物の附属建物を取壊し右(一)の建物の残存部分と一体となるように別紙第二目録記載(一)の附属建物および同(二)の建物を増改築した費用であつて、右費用中には増改築部分の仕上げを含み従つて増改築部分の前面パルペツト工事(金網を張りコンクリートを上から塗る装飾工事)を包含しているが、これと一体をなす右第一目録記載(一)の建物の残存部分の前面約二間にわたつて施工されたパルペツト工事の費用は含まれていないことが認められる。しかして前掲各証拠によると右パルペツト工事費の内訳は、

大工(四人)   二、二〇〇円

左官(二人)     八〇〇円

釘、金具       二〇〇円

セメント(五袋) 一、七五〇円

砂利、砂(三台) 一、〇五〇円

合計六、〇〇〇円

と認められ、被告がパルペツト工事費金六、〇〇〇円を追加計上したのは正当である。

(二)  貞助の労務提供見積額金七、〇〇〇円の追加計上について

報告は更に貞助の労務提供額を金七、〇〇〇円に見積つてこれもパルペツト工事費同様追加計上しているのであるが、成立に争いのない乙第四号証に証人清水貞助、同大島良平の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、貞助は本件増改築に着工した昭和二九年二、三月頃から同年五月頃の完成までの間、終始(少くとも延日数三〇日)屋根葺、瓦葺、塀の工事等の人夫仕事を手伝つていたが、右同人の労務提供は原告申立の増改築費金五七一、九七〇円中には含まれていなかつたことおよび右労務提供を費用として見積ると、昭和二九年八月当時の栃木県内における建物建築関係の軽作業人夫の一日当りの平均賃金は金三〇一円であるから、貞助が手伝つた延日数を三〇日として、その労務提供見積額は金九、〇三〇円となることが認められる。従つて被告が右範囲内において金七、〇〇〇円と見積りこれが追加計上をなしたのは正当である。

(三)  よつて、パルペツト工事費金六、〇〇〇円、貞助の労務提供見積額金七、〇〇〇円合計金一三、〇〇〇円を、原告申立の金五七一、九七〇円に追加計上して、本件増改築の総工費を金五八四、九七〇円と被告が認定したのは正当である。

四、しかして、総工費金五八四、九七〇円を要した本件増改築は貞助が施行したものであることは前記一(一)に記載のとおりであるが、原告が成年に達した際貞助が原告に返還すべき金員が前記説明のとおり金八〇、〇〇〇円あつたのであるから、右相当額を原告が成年に達した昭和二九年五月頃その完成をみた本件増改築費に充当したものと認め、結局差引金五〇四、九七〇円は貞助が単純に原告のため支出した費用であり、他に何ら反証のない本件においては増改築により原告所有の建物価額はそれだけ増加し、原告がその相当額を貞助から贈与を受けたものと認められるから、貞助の贈与による原告の昭和二九年分取得財産価額は金五〇四、九七〇円となる。従つて被告が昭和三〇年三月三一日付で原告に対してなした昭和二九年分贈与税の取得財産価額の決定(原決定の金一、五一七、〇五〇円はその後被告の再調査決定、訴外関東信越国税局長の審査決定により各一部取消の結果金五八四、九七〇円に減額された。)中金五〇四、九七〇円を超える部分は違法であるから取消を免れない。

五、よつて原告の本訴請求は右の範囲内で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田初太郎 広瀬賢三 浦野雄幸)

(別紙目録省略)

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